天才の裏の顔
(マシュー視点)


チームフェニックスのエースは天才だ。
事実、常勝無敗のゲルトはあらゆる記録を塗替え続けていて、そう呼ばれる ことに異論を唱える者などいないだろう。

彼が下位クラスでプロデビューしたのは年齢制限をクリアしたばかりのとき。
当時既にこの業界にいた俺は、まだ女の子みたいに華奢な小僧の走りに目をみはった。俺だけじゃない、ゲルトの走りを観た者は全員だ。アマチュアの頃から噂程度は聞いていても実際に目にするとその恐ろしいまでの実力に皆呆然とした。
常勝無敗のままステップアップを重ね、フェニックスへ入って現在に至る。
そんなエースがチームにいてくれて嬉しいだろうって?
そりゃそうさ。スポンサーもオーナーもご機嫌だ。
だが人知れない苦労もある。
レースでは見られないチャンピオンの裏の顔がそれだ。

同業者の中にもゲルトが努力する姿を知る者は少ない。
天才だから?違うな。
理由は簡単、トレーニングする姿がほとんど人目に触れないからだ。
実を言えばオフの間、ゲルトがトレーニングに費やす時間はとても長い。
他のライダーたちがコースに出ている時間帯に取材対応やミーティングを入れているため、ゲルトの走行が被りにくいのだ。
本当は一緒に走らせてしまえば効率的なのだが、うっかり他の仕事を済ませる前にコースへ出そうものなら、いつまで経っても戻って来ない。
最初の頃はチェッカーを振ったり、果てはレース中止の赤旗をコースに出したりして、ピットに帰ってきたゲルトを捕まえ、事務所へ連行したものだった。
その経験から今では「ご褒美」は後でやることに決まっている。
駄々っ子のようにコースに出たいとせがむベテランライダーをプレス担当と一緒になだめ、この仕事が終わったら走らせてやると週に何度言うことか。
もうひとつ、スケジューリングの担当者は絶対にベテランの男を使う。
中身はともかく、外観の悪くないゲルトに懇願されて先にコースへ出してしまった担当者が全て女性だったからだ。

天才の裏の顔、それは変質者。
あいつはエンジンの振動無しでは一週間と正気を保てないに違いない。
バイクでも車でもいい、エンジンの振動やオイルの匂い、スピードの無いところで生き続けることはできないだろう。
何部屋もある広い家に住みながら一番長く過ごす部屋はガレージだと本人の口から聞いた事があった気がする。
一年中、世界中でファンやマスコミに追いかけ回されて過ごしてもレースができれば最高に幸せ、何のストレスもプレッシャーも感じないらしい。
トップライダー以外どんな生き方もできないだろう天才を有り難く、そして正直気味悪く思いながらマネージャーとしてチームをまとめて日々を過ごす。
今ではすっかりチームがゲルトナイズドされて、皆おかしくなりつつあるのが心配だ。
勝ち続けるならそれもいいさ、利用価値のある限りつきあおう。
だが俺は絶対にあの変人に染まるものか!


マシューからは、こう見えてるかもね。というお話。

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